86th.浅間ミーティング THE SPIRIT OF RIKUO
〜 戸井田さんのレポートです 〜



今回のスピリットは陸王だと聞いたときは、正直あまり期待していなかった。

確かに我らが記念館のシンボルは現存唯一の試作車RX750ではある。でも、ミーティングで見かけた記憶も少ないし、「持ってるよ。」って話もあまり聞いたことがない。
だから、出走するのは浅間園主催のイベントに来てくれた方が会友として参加する数台とクラブ所有のRX。多くて4〜5台だと思っていた。

 ところが、である。実は持っていてエントリーした会員さんが4人。中には大阪から東京に単身赴任なのに、週末毎に大阪に帰っては、長年放置してあったものをレストアして、コンクールコンディションまで仕上げて持ち込んで来た会員さんや、陸王つながりの友人に片っ端から声を掛けて、同行で巻き込んだ会員さんもいた。
おかげで参加11台。戦後生産されたサイドカーを除く9タイプの陸王のうち、6タイプが揃うというとんでもないことになった。 生産年度でいえば、1947年から60年まで。モデルイヤーだと。37年からの23年間のモデルが揃ったことになる。 ただでさえレアな陸王でこれである。我が浅間ミーティングクラブ恐るべし。あらためて誇りに思います。

 さて、その陸王だけれど。メーカーとしても製品としても、成功したとは言えない。最後まで時代遅れだった。
 今回スピリットに参加されたバイク達を年代順に並べていくと、

・陸王内燃機 陸王VFD 1200cc 1947年
・陸王モーターサイクル 陸王VFD 1200cc 1951年
ここまでが「戦前型」。陸王として最初に量産されたモデルで、サイドバルブ1,200 cc、28馬力。手動進角、手動油圧ポンプ。前進3段ハンドシフト、フットクラッチ。フロントがスプリンガー式ボトムリンクでリアがリジット。
陸王内燃機は1949年に倒産。1950年から陸王モーターサイクルが設立されて事業を引き継ぐことになるので、1951年型のVFDは過渡期のモデル。という事になる。

・陸王モーターサイクル 陸王RO 750cc 1951年 陸王モーターサイクルとしての最初のモデル。手動進角、手動油圧ポンプ。前進3段ハンドシフト、フットクラッチは変わらないけど,フロントが油圧となり,エンジンはサイドバルブのまま750ccにサイズダウンで15ps。後にアルミヘッドになって、22psとなる。

・陸王モーターサイクル 陸王RQ 750cc 1953年
・陸王モーターサイクル 陸王RQ 750cc 1954年
・陸王モーターサイクル 陸王RQ 750cc 1954年
ROの改良型。陸王の代表的なモデルで、現存数もわりと多いといわれている。でも、サイドバルブ750 ccで、変わらぬ22馬力。手動進角、手動油圧ポンプ。前進3段ハンドシフト、フットクラッチは変わらず。この、戦前のハーレーから引き継がれた独特の操作系から、「陸王は乗りこなすだけで難しい。」と言われ、ビジネスとしては成功していない。

・陸王モーターサイクル 陸王タイプF 246.8cc 1956年 で、何とかしようと1952年からBMWのR25などの短気筒モデルを参考に開発されたのが350ccのタイプA「グローリー」や、250ccのタイプF。 でも、陸王のイメージ合わない上に値段が高く、期待するほどには売れなかった。

・陸王モーターサイクル 陸王RTU 750cc 1958年
・陸王モーターサイクル 陸王RTU 750cc 1959年
・陸王モーターサイクル 陸王RTU 750cc 1960年
1956年のRTからハンドクラッチ、フットシフトになる。RTUでは自動進角にドライサンプと、やっと操作系は「普通」になるけど,リアはリジットのまま。
でもって、1959年に全車両生産中止。1960年に倒産してしまう。最後の試作車RX750を残して。

・陸王モーターサイクル 陸王RX750 750cc 1960年
最後の、最後の試作車に至ってやっと。本当にやっとOHV化され、リアもスイングアームになりました。
これが量産されればもう少し生き延びたのかな?でもRX750と同じ1960年前後にデビューしたバイク達と言えばホンダのCB72やヤマハのYDS1。日本のオートバイが世界の市場を席巻していく始まりの時代。日本国内のメーカーが淘汰されていった時代でもあります。陸王も、数ある戦後の花々の一つとして我々が残して行かなければならない花の一輪なのでしょう。

おまけ。会場で見かけた今はなき名花達。

・みづほ自動車製作所 CABTON RTS 600cc 1957年?(もしかするとRTF500かも?)
1923年創業のみづほ自動車製作所。当時発売元は輸入二輪車ディーラーとして有名だった大阪の中川幸四郎商店。「Come And Buy To Osaka Nakagawa」で「CABTON」と言うのだから、いかにも浪速の商人的発想。このRTSはOHV 600ccで38馬力。
でも。みづほ自動車製作所は1956年に倒産。その辺の詳しい経緯は中沖さんの著書に詳しい。
ところでこのキャブトン。1957年製となっているし、フレームbノも1957とある。1956年に倒産したはずなのになんでかなと思って調べたら、キャブトンは中川幸四郎商店だけで無く、有限会社みずほ自動車販売でも販売しており、倒産後も1958年までは販売を続けていたんですね。

・山田輪盛館 ホスクAB 250cc 1957年(多分)
ホテルから浅間園へ向かう途中で見つけ、「お!ホスク!」とシャッターを切ったけど、画像はピンボケブレまくり。でも、画像がこれしかないのでご容赦。現地で詳しくお話しを、と思っていたんですが、途中で電装系っぽいトラブルに見舞われ浅間園にはいらっしゃらなかった。だからこの記事では車名含めて全てこの画像からの推察です。
推測が正しければOHV250cc短気筒11ps。ですが、確かじゃないので詳しくは…。知っている方教えて下さい。

・HONDA ホンダドリームCR71スーパースポーツ 250cc 1959年
最後に、陸王と同時代に生まれ、見事に花開いた大輪の花を一輪。
ホンダがマン島TTに始めて出場したのが1959年。そこからレースの世界への挑戦が始まり、2015年には通算700勝。
こういう世界レベルだけで無く、国内のクラブマンレースへのサポートも浅間火山レースの頃から続けており、その一つがCR71。CB系のレーサータイプではなく、
コレクションホールの公称スペックでは、市販レーサーとして40台が限定販売、排気量247.33ccでover 24ps.となっているけど、実際はどうなの?販売対象はクラブマンレーサーに限られたってなっているけど,有望なレーサーには無償貸与。って話もあるし,そもそもいくらで売ったのか?24ps以上って言うけど英紙がダイナモ乗っけたら,実測40越えてたって話など、男の子心を擽る伝説は色々とある。ロードゴーイングマフラーが付いていたようで,排気音は想像するより静かだったけど、さすがはCR、緩みの無いメカノイズが印象的でした。手入れが行き届いて居るなあ。

浅間ミーティングに興味をお持ちの皆さん。この記事に出てくるバイク達は,全て86回のミーティングに来ていたバイクです。他の回からの流用はありません。ここに書き切れなかったバイクもたくさん来ていました。もし覗いてみたくなったら、近くのクラブ員か、クラブの事務局まで気軽に声をかけて見て下さい。楽しい世界がまた拡がる。かも?

(画像順には自信がありません。イメージとしてご覧下さい。見分けるのが大変で。www)


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